アースバウンド50周年

Eartboundは6月9日で発売50周年を迎えました

(この記事はDGM Liveに2022年6月9日掲載されたものの要約です。『EARTHBOUND』発売50周年を記念したシド・スミスによる文章ですが『セイラーズ・テールズ・ボックス』ライナーからの引用を含んでいます)

オリジナル英文記事はこちら:
https://www.dgmlive.com/news/earthbound-at-50

50年前の今日、『EARTHBOUND』がリリースされた。このバンド初のライヴ・アルバムは、HELPというバジェット・レーベルから発売され、LPの値段はわずか1ポンド35。ここにボズ・バレル、イアン・ウォーレス、メル・コリンズ、ロバート・フリップというラインナップの最初で最後のツアーが収録されている。1972年1月頃のクリムゾン宮殿は、必ずしも気楽な場所とは言えなかった。1971年12月にピーター・シンフィールドが脱退し、残された4人は新曲の制作に時間を割くはずだった。が、メルが作曲した曲をフリップが、他のメンバーからしたら高圧的で無神経な態度で拒否したことで、まずはコリンズが怒って飛び出し、イアンとボズも続き、バンドは分解。バンドは創作活動の終焉を迎えた。

フリップからこの知らせを聞いた当時のマネージャー、デイヴィッド・エントーヴェンは大いに動揺し、フリップに、バンドは契約上2月に渡米する義務がある、と説得した。そして彼は他のメンバーを言いくるめ、なんとか再集結させた。バンドは不本意ながらも再結成し、再渡米する準備を進めた。フリップは、バンドは騙されたと言う。「デイヴィッドは、ツアーはブッキング済みで、契約上責任があるから行かなければならないと言った。しかし、解散したグループはツアーになんか出られないだろ。同じことが1974年にも、『RED』の後に解散した時にも繰り返された」。音楽業界での噂やマスコミの憶測が飛び交い、メンバー間にも少なからず反感や苦痛が流れる中、メル、ボズ、イアン、そしてフリップは共に大西洋を渡り、最後となる32公演をこなした。

ツアーが始まると雰囲気は徐々に改善し、社交的にも音楽的にもゆとりが生まれ出した。シンフィールドがいなくなったことで、バレルは”Formentera Lady”や”The Letters”のような、歌いにくいと感じる楽曲を拒否できるようになり、バンドはよりブルージーでファンキーな領域に踏み込み始めた。この傾向は、ウォーレスが回想するように、困惑を生んだ。「アレクシス・コーナーがオープニング・アクトで、我々が真ん中、ハンブル・パイがメイン・アクトだった。アンコールでステージに上がった時、顔を上げてメルとボズに「Gのキーで12バー・ブルーズを!」と叫んだら、ボズがこっちを見て「無理!」って言ったのを覚えている。でも「いいから見てろ」と言って演奏を始めるとみんながついてきた。ところがフリップは、スツールに座り首からギターを下げたまま、両手を膝の上に置き下を向き、無言のまま一音も弾かなかった。アレクシク・コーナーもハンブル・パイもバックステージにいたみんなが大騒ぎだった。」

『LIVE AT JACKSONVILLE 1972』コレクターズ・クラブのスリーヴノートで、フリップは「いつのクリムゾンにおいても、インプロヴィゼーションは重要かつ決定的な役割を担ってきた。この頃のクリムゾンはインプロヴィゼーションというよりジャムの要素が強い」と書いている。ウォーレスは、暗にバンドを格下げするかのような発言に不快感を示す。そして、コレクターズ・クラブから『LIVE AT SUMMIT STUDIOS』がリリースされた際、ライナーでこう反論した。「我々は結構良いインプロヴィゼーションをしていたと思う。事前に作られたフォーマットの上に、新たな音符や音色のボキャブラリーを作り出すことがインプロヴィゼーションだとしたら。ジャズ・ミュージシャンがスタンダード・ナンバーのテーマを演奏してから、その後コードに沿ってソロを弾くように」。

関連あるコレクターズ・クラブ盤や、メインストリームのライヴ・アルバム『EARTHBOUND』を聴いていると、その演奏力の強さに驚かされる。『EARTHBOUND』の”21st Century Schizoid Man”は、少なくとも前ラインナップが演奏したものと同等であり、その後演奏されたバージョンと比べても遜色のない、焼け付くようなクオリティを持っている。主な違いを探すならば、”Peoria”、”Earthbound”、”Summit Going On”などの即興曲と、『EARTHBOUND』バージョンの”Groon”などであろう。”Groon”の5分30秒あたりでは、クリムゾンの殻を破ろうとする別バンドのようにさえ聞こえてくる。

これらの楽曲は、やがてバンドを引きちぎることになる相反する引力の存在をはっきりと示す。フリップはすでにイエスのドラマー、ビル・ブルフォードをメンバー候補として視野に入れており、ジョン・ハイズマンにもアプローチしていたが、こちらは不発に終わった。しかしツアーが進むにつれ、メンバーの多くは実は大いに楽しんでいて、ウォーレスはツアー後も何かを続ける可能性についてフリップと話したと回想する。「みんなの仲も改善され、サミットでのギグは最後の方だったんだけど、ボズと二人でフリップに、もっと続けたいと言ってみた。けど彼にはすでにプランがあり、ビル(ブルフォード)にも話していたから、もうおしまいだった。続けることもできたと思うし、その気もあったから、ボズは相当悔しかったんだと思う。彼はあの時、本当に続けたがっていた。あのツアーは本当に楽しかったし、ロバートもそうだったはずだ。僕ら3人は解散なんかしたくなかった」

しかしフリップは疑っていた。「本当に続けられただろうか? 問題は、このバンドが『LARKS’ TONGUES IN ASPIC』を演奏できたか、ということだ。技術的な話しではない。果たしてその音楽を彼らなら拾い上げただろうか、発展させられただろうか。私にとって大きくなりつつあった困難は、バンドはもはや信じられないのに、クリムゾンは信じられたということ。つまり、このラインナップが(ピーターのいるいないにかかわらず)クリムゾンに”声を与える”ことができると信じられなくなってしまったのだ。明らかに、ミュージシャンシップは常に優れており、しばしば傑出している。ボズに技術的な限界があるとすれば、それは純粋に彼が楽器を始めて間もないことに起因していて、彼のミュージシャンシップと音楽への愛情は決して疑う余地はない」

法的義務を果たしたバレル、コリンズ、ウォーレスはアメリカに残り、アレクシス・コーナーと共演した。一方フリップはロンドンに戻り、ツアー中に収録したサウンドボード・カセットの選別に取り掛かった。4月の報道では、フリップがこのライヴ・アルバムのリリースが「ほぼ間違いなくバンド最後の作品になるだろう」と述べたとある。また、フリップとジョン・ハイズマン、そしてベーシストのマーク・クラークがトリオを結成し、クリムゾンの灰の中から不死鳥のごとく現れるかもしれないとも報じられた。

歴史的に『EARTHBOUND』は、その歪んだローファイな音質で非難を浴びてきた。実際アトランティック・レコードは当時、その荒い音質への懸念からリリースを拒否した。しかし、アイランド・レコードのバジェット・レーベルHELPから1ポンド35でリリースされた時、時の批評家たちは、アルバムの音やその他のクオリティーについて、むしろ肯定的に語り始めた。メロディー・メーカー誌の見出しは「キング最後のやりたい放題」。リチャード・ウィリアムズは相変わらずの論調でこう記した。「このバンドにはまるで回転花火のような印象を受ける:明るくきらびやかだがはかなく、遠心力によってのみ結合されている… ラフな音質がむしろ、クリムゾンのあまりに緻密に作り込まれたスタジオ・アルバムに欠けている臨場感を高める… つまりここにあるのは、基本的に、かっこいいアルバムだ…」と。そしてNMEのトニー・タイラーも、「最後のクリムゾン」と言う見出しのもとこう論じた。「これはキング・クリムゾン最後のアルバムになる可能性が非常に高く、フリップがこのバンドでできることはすでにスタジオですべて行ってしまったため、『EARTHBOUND』がライヴ盤になるのは妥当。特にお薦めしたいのは、初期の作品を持っていないファンたちだ。『EARTHBOUND』の存在そのものがクリムゾン全体に対する微妙なコメントであり、過去ともう少し最近の過去を上手に包含する。価値ある作品だし、なぜキング・クリムゾンが音楽史に名を残すのかがわかるはず。買うべきだ」

1972年6月にリリースされたアルバムはよく売れ、ミッドプライス・アルバム・チャートでは、ジム・リーヴスやマントヴァーニ、パイプス・アンド・ドラムズ・オブ・ザ・ロイヤル・スコッツ・ドラグーン・ガードなどを抑え1位を獲得し、思いがけない仲間入りを果たすことになる。しかし、最終的には、フリップ、ジョン・ウェットン、ビル・ブルフォード、デヴィッド・クロス、ジェイミー・ミューアからなる新生キング・クリムゾンの結成により、このアルバム、そしてアイランズ時代のバンドは陰が薄くなってしまう。

1998年にキング・クリムゾン・コレクターズ・クラブが設立され、後にDGMLiveが始まるまで、このアイランズ時代のラインナップはスタジオ・アルバム1枚と『EARTHBOUND』だけで、その評価は大きく見落とされ、忘れられ、一部ではほとんど異常なものとして扱われた。しかし、コレクターズ・クラブから数々のライブ音源がリリースされたことで、よりバランスの取れた評価が可能となった。

当然ながら、それまでのスタジオ・アルバムに比べれば音は生々しいが、『EARTHBOUND』には刺激的な演奏が詰まっている。”21st Century Schizoid Man”は最高の出来だと私の耳は言い、フリップのソロはこの時期のベストだ。また”Groon”のコリンズのサックスはまさに狂喜。そして”Groon”と言う名のカタルシスをさらに証明するのは、ウォーレスの凄まじいドラム・ソロと、フリップがまるで恐怖のサウンドが飛び出すパンドラの箱の蓋を閉じようとしているかのような、かろうじて制御された最後のフィードバックの爆発的表現。が、発売後、フリップはアルバムの廃盤を積極的に主張しており、『EARTHBOUND』を判断ミスと捉えていたことがうかがえる。

しかしこの作品は、間違いなく最初の“公式”ブートレグの一つとなり、忠実ながらありそうでない支持者を集めていた。2010年、ニック・ケイヴのグラインダーマン・プロジェクトが2枚目のリリースに取り組んでいた時、彼らはロバート・フリップをゲスト・プレイヤーに招いた。「彼は、今まで聴いた中で最も独特で不穏なギターワークと、最も繊細で精巧なギターを演奏するので、一緒に仕事をしたいと思った。僕はキング・クリムゾンの作品をたくさん聴いて育った。驚異的なライヴ・アルバム『EARTHBOUND』のヴァイナル盤は、僕の最も大切な財産の一つだ」。やがてインターネット時代が到来し、出現したフォーラムやメッセージ・ボードで再発を嘆願するファンに対して、フリップは皮肉を込めて言う。「一度リリースされたものは決して消えない。仮に消えても、また戻ってくる」

2017年、オリジナル・アルバムの拡大版を収めた『EARTHBOUND』ニュー・ヴァージョンがCDとDVDでリリース。キング・クリムゾンの伝記の著者シド・スミスによる新しいスリーヴノートや、貴重な写真、アーカイブ資料とともに、スリップケース入りのデジパック2枚組仕様となっている。ステレオのみのローファイ録音であるため、5.1chヴァージョンは可能ではなく、また適切でもなかった。しかし本作のDVDには、同じ1972年のアメリカ・ツアー中にサミット・スタジオで演奏された完全版が、新たなステレオ&クアドラフォニック・ミックスで収録されており、このラインナップとしては唯一のライヴ・サラウンド・レコーディングとなっている。また、2000年にDGMから発売された、サミット・スタジオの通販限定オリジナルCDには含まれなかった15分の音源が収録され、DVDには、ライヴ・アルバム『LADIES OF THE ROAD』から”Schizoid Men”のシーケンスと、1972年『EARTHBOUND』LPヴァージョンのトランスファーを収録している。
この2枚組はまた、もともと5曲入りだったアルバムを12曲に増やし、DVDには、12曲入りアルバムを24/96ハイレゾ・ステレオ音源で収録。1972年ツアーで唯一現存するマルチトラック音源、サミット・スタジオ公演を新しいステレオ・ミックスとクアドラフォニックで収録。また、ライヴ・アルバム『LADIES OF THE ROAD』から”21st Century Schizoid Men”を編集したSchizoid Menシーケンスと、オリジナル・ヴァイナル・アルバムのトランスファーを収録し、オーディオ・セレクションを完全なものとした。

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